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●前地震予知連絡会会長、茂木 清夫さんの主張

【茂木氏略歴】
1929年、山形県生まれ。日本大学教授、東京大学名誉教授。専門は固体地球物理、地震学、岩石力学。地震の発生機構ならびに地震予知に関心を持つ。
東京大学地球物理学科を卒業後、三菱鉱業に入社。東京大学助手を経て東京大学地震研究所教授、同所長を歴任。退官後、日本大学生産工学部教授。前判定会会長、前地震予知連絡会会長。 

 著書に『地震──その本性をさぐる』(東京大学出版会)、『日本の地震予知』(サイエンス社)、『地震予知を考える』(岩波書店)ほか多数。  ちなみに『判定会』『地震予知連絡会』『地震調査委員会』の違いは以下のURL参照。  http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/abe/abe4.html
出典 題名(すべてこのページに記載してあります)
【静岡新聞 2002/6/5】【論壇】 原発の耐震安全性
【静岡新聞 2002/3/5】【論壇】  東海地震と浜岡原発
【静岡新聞 2001/12/9】【論壇】 原発問題を考える視点
【静岡新聞 2001/11/13】【論壇】 浜岡原発事故と地震

【静岡新聞 2002/6/5
【論壇】 茂木 清夫
原発の耐震安全性
浜岡2号機で水漏れ事故

 五月二十五日午前二時すぎ、浜岡町の中部電力浜岡原発2号機で、緊急炉心冷却システム系配管の溶接部から、放射能を含む冷却水漏れが見つかり、原子炉を停止する事故が起こった。

1号機は一九七六年、2号機は七八年にそれぞれ運転を開始したが、昨年十一月、1号機で水素爆発による配管破断と原子炉からの水漏れ事故があり、1号機の運転をやめた。それと同時に同じ構造をもつ2号機も運転を停止して配管を交換するなどの安全対策を行ってきたということであった。

 筆者は1号機の事故発生以来、本欄において三回にわたり、浜岡に次々と原発を建設し運転を続けていることがいかに憂慮すべきことであるかを述べてきた。

われわれは六九年以来、駿河湾・遠州灘を含む東海地方でM8クラスの巨大地震の発生の可能性が高いことを指摘し、国もその被害をできるだけ軽減するために大規模地震対策特別措置法を施行し、その発生を予知するための判定会をスタートさせて今日に至っている。

筆者は六九年に東海地震の可能性を初めて指摘し、以来、判定会委員、同会長及び昨年四月まで地震予知連絡会長として、東海地震による被害をできるだけ少なくするためにつとめてきた一人である。

 ところが、浜岡原発はわれわれが想定している東海地震の震源域のど真ん中にあり、その5号機の建設が進められているというではないか。

東海地震問題が発表されてから三十年経過したが、その間一貫してこの問題にかかわり、後半は主要な責任を負ってきた筆者に、中部電力は原発の立地や安全性の如何について一度も意見を求めてくるというようなことはなかった。

 世界中を見ると多くの原発がある。そのほとんどは先進国で、その発電量を見ると、第一位は米国、次いでフランス、日本、ドイツと続く。しかし、原発の多くは日本と韓国を除くとほとんど欧米諸国である。

ここ百年間のM7以上の浅い大きい地震の世界中の分布図と原発の位置を見比べると、原発の多い欧米諸国には地震がほとんどなく、地盤が非常に安定していることがわかる。韓国には近代に入って目ぼしい地震は全くない。

大局的見地の検討を

そ れにひきかえ、この狭い日本でM7以上の地震が何回も起こったし、世界第三位の原発大国なのである。それどころか、M8(M7地震のエネルギーの三十倍もある)の巨大地震が近いうちに起こることが想定されているそのど真ん中に原発があるなどという国はほかにどこにもない。全く異常な状況である。

 一方に、耐震化の対策がなされているので大丈夫だという主張があるらしいが、そのようなことを断言できる人は居ないはずである。原発は複合的な構造をしている。このようなものでは多くの強度上の弱点を含んでいて確定的なことは言えない。

しかも、これまでの耐震基準は大きい地震が起こるたびに、「想定外」のことが起こり、基準を修正してきたのである。原発の安全性一般についてもしかりである。

 1号機の事故後に浜岡原発の問題を根本的に再検討すべきことを述べたのはそのためであった。ところが、このような声に耳を傾けることなく、五月二十五日に2号機の運転を半年で再開したのである。経済産業省原子力安全・保安院という所が中部電力の検査結果に承認を与え、浜岡町や静岡県も納得したようである。

事故の発生後、中電や安全・保安院への批判が集中しているのは当然である。最悪の場合、本州の大部分にも被害を及ぼしかねない浜岡原発問題は大局的な立場から抜本的に検討されなければならないことを今回あらためて強調したい。

(東大名誉教授=地震学)



【静岡新聞 2002/3/5
【論壇】 茂木 清夫

東海地震と浜岡原発
   
欧米は自然エネルギー重視

 昨年の十一月と十二月に本欄において、浜岡原子力発電所一号機の事故発生に関連して、浜岡原発の立地には想定されている「東海地震」のことを考えると重大な問題があることを述べた。

去る二月二十日になって事故の一つである原子炉冷却水漏れは炉心の溶接部の応力腐食割れによるものであることを中部電力が発表した。事故発生時からその可能性が指摘されていた通り、長期運転による劣化が明らかになったわけである。

 わが国の原発のPR誌などには、原発の寿命は六十年位あるとの意見が見られ、中に信「工学的には七十年はある」(某大学教授)などの見解も掲載されている。一方、二月二日の報道によると、ドイツ連邦参議院は脱原発法を承認した。

それによると、原発の寿命は三十年程度とし、"寿命が来たものから順次廃棄し、新設は認めず、二一年ごろには全廃するという。

 現在(二〇〇〇年末)、原発が十基以上ある国は十ケ国あり、出力順で一位は米国(百三基〕で、フランス(五十七)、日本(五十二)、ドイツ(十七)、ロシア(二十九〕、韓国(十六)、英国(三十三)、ウクライナ(十三)、カナダ(十四)、スウェーデン(十一)である。

建設中のものは米国(〇)、フランス(二)、日本(五)、ドイツ(〇)である。いかに日本が世界のトップクラスの原発大国であるかがわかる。欧米諸国(ロシアを 除く)では計画中のものはないのに、日本では四基とある(出典・日本原子力会議「世界の原子力発電開発の動向」二〇〇〇年)。

 欧米ではチェルノブイリ、スリーマイル島の原発事故を体験して、エネルギーを原発に頼ることの危険性を痛感し、環境にやさしい太陽光・熱、風力、バイオマスなどの自然エネルギーへの転換に努力している。

一例として風力発電の現状を見るとドイツ(四、四四二MW)、米国(二、四四五)、スペイン(一、八一二)、デンマーク(一、七三八)に対して、日本はわずかに七〇MWでいかに自然エネルギーを活用しようという政策がおくれているかがわかる。

安定した地盤上にあるか

 原発はそれ自体の安全性に問題があるわけであるが、原発が安定した地盤の上にあるかどうかは、原発の事故の発生を左右する重要な要件である。そういう観点から、この百年間に起こったマグニチュード7以上の浅い地震(神戸地震級以上の直下型地震)の世界中の地震分布を見ると、原発の多いヨーロッパでは全く起こっていない。

非常に安定した所である。米国では百三基の原発が運転中であるが、そのほとんどが、東部と中部の安定した地盤にあり、そこではM7以上の地震は起こっていない。わずかに四基が地震のあるカリフォルニアで運転中であるが、ここでは活断層法が施行され、危険な場所を避けているはずである。
 
それでは原発大国日本はどうか。

 過去百年間に起こったM7以上の直下型地震(沿岸部を含む)は十六回起こっている。つまり、非常に不安定ないわゆる地震列島である。特に南海トラフに沿う東海・南海地方では平均百二十年位の間隔でM8級の巨大地震が繰り返し起こってきた。

前にも述べたように、地震予知連絡会は二十世紀における未破壊域である東海地方でM8級の大地震か起こる可能性があることを十九六九年以来指摘し、ひきつづき国をあげて「東海地震」の災害軽減に努力している。

その中で、想定震源域のど真中にある浜岡に原発を建設し、あらに増設を繰り返してきたということは異常と言うほかになく、到底容認できるものではない。

(東大名誉教授=地震学) 


【静岡新聞 2001/12/9
【論壇】 茂木 清夫

原発問題を考える視点

欠陥を減らす技術の進歩

 小笠郡浜岡町にある中部電力浜岡原発1号機で十一月七日に緊急炉心 冷却システム系の配管が破断した。

二十八日の中電の調査結果の発表によると、この配管の破片は五つで、それぞれ重さ四・五一一・五キロもあるという。その破断の様子から「爆裂」現象だったという報道もあり、なお調査が進行中である。

十一月十日には原子炉直下の制御棒駆動機構から放射能を含んだ水が漏れていることが判明し、原発中枢部の圧力容器に近い所にひび割れの可能性があるので、溶接部などを中心に原因の解明につとめている。


 浜岡原発1号機が運転を始めたのは一九七六年で、既に二十五年にもなることから、老朽化に起因するとの観点からの議論がさかんに行われているようである。

筆者は浜岡原発の安全性を考えるにあたって、それが「東海地震」の想定震源域のど真ん中に位置していることから特別に問題があることを本欄)十一月十三日付)で指摘した。ところが、その後の各報道を見ると、この問題の重要性についての議論があまり見られないのはどういうことか。


 そもそも、人間のつくったものには予想外の欠陥があり、それによる災害によって欠陥に気がつき、改善してゆく、こうして科学技術が進歩してきた。

欠陥を完全にゼロにすることはできないが、できるだけ減らすように努力してきた。特に、災害が大きくなる場合はあらゆる場合を想定して、万が一にも事故がおこらないようにつとめるべきである。


 原発の事故はチェルノブイリの例で見られるように最悪の事故になりかねない最も注意すべきものであることは言うまでもない。したがって、原発の安全性については慎重の上にも慎重であるべきだと考えている人が多い。しかし、原発の利点も大きいため、多くの先進国で多数の原発が建設され、運転を続けている。

例えば、英国では十三カ所、欧州大陸 の諸国でもほとんどの国で多数の原発が設置されている。米国でももち論である。圧倒的に先進諸国に多い。しかし、これらの国の中でも原発の安全性が問題となって脱原発の運動が進められていることもよく知られている。


欧米と日本に条件の違い

 ところが、これらの欧米と日本の原発の安全性には大きな違いがあることがどれだけ認識されているだろうか。英国や欧州大陸の大部分は極めて地盤が安定していて、目ぼしい地震はほとんど起こらない所である。

米国でもほとんどの原発が東部と中部の安定地盤に立地している。それにひきかえ、日本は大きい地震が頻発する地球上でも最も地殻が不安定な所である。

その活動的な日本列島の中で巨大地震の発生が最も懸念され、その切迫性が指摘されているのが東海地方である、浜聞原発はその直下で巨大地震が起こる可能性が極めて高い所にあると考えられている。


 原発は可能な限り安全であるべきだというのが誰でも考えるべきことであろう。ところが、地震予知連絡会が六九年以来、マグニチュード(M)8級の,「東海地蟹が発生する可能性を指摘し、七八年には「大規模地震対策特別措置法」がつくられて地震の災害を軽減すべく努力している。

去る上月二+七日に東海地震の想定震源域の見直しが発表されたが大局的にはこれまでと変わらないものである。

浜岡はほぼその中心に位置する。このように地震の危険性が早くから指摘されてきたのに、それを無視するかのように、七八年に2号機、八八年に3号機、九三年に4号機と続き、5号機が二〇〇五年に予定されているという。


 日本の耐震構造についての安全神話は一九九五年阪神大震災の時の高速道路の倒壊などでくずれた。道路の場合と違って、原発事故の場合は起こってしまってからではもう遅い。 「東海地震が起こってしまうまで浜岡原発は止めるべきだしとの声もあがっている。抜本的な検討が必要である。

(東大名誉教授=地震学) 


【静岡新聞 2001/11/13
【論壇】 茂木 清夫

浜岡原発事故と地震

十分な監視が不可欠

 浜岡町にある中部電力浜岡原発1号機(沸騰本型)で十一月七日に緊急炉心冷却システム系の配管が破断した。経済産業省原子力安全・保安院は九日、緊急点検を電力会社に指示した。

続いて十日、中部電力は圧力容器の下部に制御棒の案内管が貫通した部分で放射能を帯びた水が漏れていることがわかったと発表した。

原子炉の働きをコントロールする制御棒(八十九本〉のうち、一本の駆動装置付近から数秒に一滴程度の水が漏れていた。原発では核燃料に中性子を当てて核分裂を起こしているが、制御棒はこの中性子を吸収し、核分裂を調整し暴走を防ぐ最重要な装置である。

緊急時に原子炉に水を注入する緊急炉心冷却システムにつながる配管の破断事故につづく、中枢部でのトラブルで、原子力発電全体の信頼感をゆるがしつつある。


 原発は安定した電力を供給し、CO2の発生もごく少なく、しかも、安全性は高いとPRしてきた。しかし、人々が最も懸念する肝心の安全性について、またも大きな問題か投げかけられている。

 政府や各事業体は、時とすると常識では理解できないことをやる場合があり、十分な監視が必要だ。水俣病の原因が科学的にははとんど疑問の余地がないほど明らかになってから、何年間も国や会社はそれを認めず、その間に新たに膨大な患者を出したという悲劇を忘れることはできない。

 また、かなり前に本欄で指摘したことであるが、本州と四国の間に三本の橋をかけるという大事業をほぼ同時に着工するという、明らかに暴挙とも思える事業を、一九七五年、一九七六年、一九七八年にスタートさせた。

最近、通行料ではその利子さえ払えない巨大な赤字事業として、不況にあえいでいる当局を悩ませている。
 浜岡原発の問題はどうか。今回、原子炉自体の問題がもち上がったが、さらにその立地は到底納得できるものではないと言わざるを得ない。

「東海地震」の可能性を初めて地震予知連絡会が指摘したのは一九六九年で、.「M8の大地震の可能性のある」特定観測地域に指定した。一九七四年に一段と格上げして観測強化地域に指定した。

一九七八年には大規模地震対策特別措置法が施行、成立し、その適用の第1号として東海地方が指定されたことは多くの人が知っていることである。そのことは国土庁の防災白書にも毎年明記されている。

つまり、現在、巨大地震が最も懸念される所が東海地方であることは研究者も行政も認めて、対策を構じている。

 地殻変動も考慮すべき

 ところが、そのど真中に浜岡原発が、それを無視するかのように次々と建設されたのである。第1号機一九七六年、第2号機一九七八年、第3号機一九八八年、第4号機一九九三年と続いた。しかも、第5号機は
二〇〇五年に予定されているという。

 私は地震学者であると同時に、岩石などの脆い材料が複雑な力をうけた場合の破壊を実験的に研究している材料科学の研究者でもある。その観点から原発を強度論的に見ると、原子炉本体の強度は十分高いと言えるが、それをとリかこむ各種の装置とそれらを連結するパイプ網(例えば、冷却水用)は一大複合体と見なすべきである。それは全体として予期できない脆弱さをもっていると考えた方がよい。

 しかも、地震のような自然現象は、先般の三宅島とそれにともなう巨大群発地震の発生に見られるように三千年ぶりというような予想しない事変も起こり得る。

活断層を調査したとしても、鳥取県西部地震は全く活断層が認められなかった所で起こったごく浅い地震であったのである。

台湾大地震では加速度が小さい所で九メートルもの地表変動があった。これだけの大きい変形に耐えられる建造物はあり得ない。加速度だけでの安全基準も問題である。

 安定した地殻にある欧米と違って、わが国は地殻変動が最も活発な所にある。原発の事故の悲惨さを考えれば、浜岡でのこれまでの対応でよいはずはない。

(東大名誉教授 地質学)